茂木町(2023追加)  

 ◆①記号SKは、現地調査の生DATA=スケッチを示す
 ◆②『 』内の城は、調査したが、遺構が見あたらない城を示す。
 この場合、縄張り図の代わりに、地籍図や写真等を掲載している。
 (注)遺構が無いからと言って、そこが城として否定しているわけでない。
 ◆③図は断りのない場合、上面が北を示す。
  パソコンの特性上、縄張りをすべて画面上に掲載できていない場合がある。



 千本城出城


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 新遺構発見! 南の出城  2023/11/19

現在、サイトを閉鎖されてしまった 「しぼれ」 さんの情報を思いだした。
”千本城の南のピークにも堀があります。踏査されてみてください” ・・・・・と。

そこで、那須烏山の後に、当地に立寄ってみた。

そしたら・・・・

栃木におめ
 
【解説】   結果がこれである。
      新たな城というより、新たな遺構と言ったほうが良いのかもしれない。

 
 


 

 追跡戦闘車2号は、水道施設の前に止めさせて頂く。
 

 あたりの紅葉は進んでいて、とても綺麗である。
 

さて、
千本城の南限は、左図の「堀切」であろうと考えていた。
 YAMAP/国土地理院


ところが、その堀切から、南東220mの方向、
標高253mのピーク上に、城郭遺構が見つかった。

地形図上の場所はここである。
管理人が「出城」と称しているのは、
①南限の堀切より距離がある。
②千本城とは離れた別の小ピーク上にある

千本城とは密接に結びつくものの
一つの城郭として存在したと思っている。






遺構は大きな3本の連続した堀切である。
ダランとした緩傾斜を鋭い堀切が南下している。

しかし、遺構として認められるのはこの部分のみ。
253小ピークには通信用?の鉄塔が建てられ、
この時に破壊されている可能性も否めない。

 


最東端の堀切。
写真奥の壁が高く、明らかに、城内は西。
千本城方向になる
   結局ピーク上の遺構は東側にのみ集中し、他は自然地形と考えて良い。
ピーク周辺を回ると、鉄塔の西側にも堀状の遺構が残るが、中途半端である。
鉄塔工事で破壊されしまったのだろうか?

また、ピーク中腹を道が回り、その間にも竪堀状の溝が確認できる。
しかし、これは、その繋がりから、畑の通路と判断している。
千本城出城発見です!